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Akihiro Komuro
小室 明大

株式会社パワーエックスは2022年5月23日、41.5億円の資金調達を発表した。同社が掲げた事業は大きく2つあり、ひとつが、電気を運ぶ船「パワーアーク」の自社開発、もうひとつが、国内に大型の蓄電池工場を建設することだ。

電気を運ぶ船は、コンテナ型の蓄電池に電気を貯めて船で「送電」するという発想で、洋上風力発電所の拡大をにらんだもの。従来、洋上の風力発電所から陸までは海底ケーブルで送電されていたが、海底ケーブルを代替する電気運搬船の開発を目指す。これにより風の強い遠洋の沖合に発電所を建設することが容易になる。高圧の電気を通す海底ケーブルの建設は環境面の負荷も大きいが、電気運搬船はケーブルより送電コストも安く、早期に送電を実現することが可能だ。

初号船に予定している「パワーアーク100」は船長約100m、船舶コンテナ型の蓄電池を100個搭載し、220MWhの蓄電が可能。これはおおよそ1都市(2万2000世帯)の1日分の電気だ。災害時に大規模な停電などが発生した場合、船が有事の電源になるとのこと。より大型の船も計画しており、コンテナ3,000個を積める全長220m級の船であれば、5,660MWhの電気を運搬できる。船の航続距離はパワーアーク100で100~300kmだが、これは電気推進のみの場合で、クリーンディーゼルなどの燃料を組み合わせることで1,000kmの航行も可能になる見込みとのことだ。初号船は2025年完成予定。パワーエックスはこの電気の輸送により、自然エネルギーの爆発的普及を実現することを事業ミッションに掲げている

それに先駆けて展開するのが、もうひとつの柱、蓄電池工場の建設だ。蓄電池工場は100億円前後の投資規模で、5月23日、シリーズAラウンドの前半として、第三者割当増資により41.5億円の資金調達を実施したことを発表した。すでに建設場所も岡山県玉野市に決定している。工場の生産能力は最大5GWhで、日本最大級となる。2022年に建設開始、翌年のテスト生産開始を目指す。船に先立ち、まずは蓄電池の製造販売で経営を軌道に乗せる構えだ。ここでは、船に積むコンテナ型の大型船舶用電池(3,000KWh)のほか、送配電系統を構築するためのグリッド用蓄電池、EVの急速充電用電池(300~900KWh)なども製造するという。特にEV急速充電用電池は自動車ほどの大きさで、それ自体が充電機器になり、傍らでEVを充電できることを想定している。電池を『持ってきて置くだけ』で工事も要らず、コンビニやスーパーなど、消費者が訪れる場所で、買い物をしている10分のあいだに急速充電ができる仕様を想定しているとのこと。これら蓄電池は全てクラウド上で稼働状況や残電量などを一括管理できる「移動できる充電ネットワーク」を構築する。つまり、需要がある場所へ蓄電池(=EV充電器)を移設できるわけだ。なお、蓄電池工場は実際には蓄電池を組み立てるだけで、電池の核にあたるセルは製造しないとのこと。セルは外部から供給を受ける。

出典: 乗りものニュース

PSR 分析: パワーエックスは、2021 年 3 月に設立された、自然エネルギーの普及および蓄電・送電技術の進化を目的とする新規事業を展開する企業だ。「自然エネルギーの爆発的普及の実現」というビジョンを掲げ、蓄電池の製造および販売(Project MAX)、電気運搬船の開発および製造(Project ARK)の 2つの基幹事業を推進している。参加投資家には次のような企業が名を連ねている。

Spiral Capital / 日本瓦斯 / 今治造船 / 日本郵船 / 三井物産 / 三菱UFJ銀行/ BEMAC / JAL Innovation Fund / 東京センチュリー / みずほキャピタル / 未来創造キャピタル(みずほリース CVC)また、社外役員にはNorthvoltの共同創設者や、Googleの元幹部、ゴールドマンサックスのパートナーなどがいる。

夢物語だという否定的な声を一蹴するかのように彼らのアクションは極めて具体的だ。電気運搬船はすでにDNVとLOI締結をし、建造については今治造船と連携している。建造後の運航については日本郵船が主導することになるだろう。

彼らのプロジェクトが優れているのは、コスト意識が高い点にある。例えば電気運搬船においては、送電用海底ケーブルのインフラ構築と維持管理などの掛かる費用を大幅に低減できるという。EV用急速充電池については、工事費用が原則不要になるという。どちらもエネルギーインフラにかかる費用を抑えることを狙ったものであることは明確だ。

もしこの船が実用化されれば、給電船としての需要もあるだろう。大型の船のアンカリング中のCO2排出ゼロを目指すなら、発電機が使用できなくなる。その際に電気運搬船が電気供給できれば停泊中のCO2排出をストップできる。

最大の課題はやはりバッテリーの開発になるだろう。バッテリー自体がとても重く、電動船の開発が自動車ほどスムーズに進まないのもこのためだ。往復100kmを超える航続距離を走るための超大容量のバッテリーの開発ができるかを注視していきたい。

端的に言っても彼らの構想はすごい。電力インフラや、EV充電を含めた最適解を提案するコンセプトのひとつであり、電力会社や造船業界、EV業界へのインパクトも大きなものになるだろう。今はまだ、ベンチャー企業1社が多額の資金調達に成功したというニュースの段階だ。これを夢物語としないためにもさらなる投資が期待される。PSR

小室 明大 – 極東及び東南アジア リサーチアナリスト