Akihiro Komuro
小室 明大

6月1日、中国の長城汽車はタイに工場を正式開設すると発表した。2020年に米ゼネラル・モーターズから工場を取得し、AIを使った先端設備などを導入してスマート化を進めていた。東南アジアでのスマート工場の開設は同社として初という。改修の投資額は明らかにしていないが、これまでにタイに226億バーツ(約790億円)を投じる計画を示している。

工場の生産能力は年間8万台で、まずはHVを生産する見通し。将来的にはEVも生産する。生産した車は6割をタイ国内向け、4割を東南アジアの周辺国やオーストラリアへの輸出向けに振り向ける方針だ。長城汽車は3月にタイで17のショールームを開くと発表していた。2021年内にも30店舗に増やす計画で、日本車のシェアが約9割を占めるタイ市場でシェア獲得を狙う。

同社は中国を中心に、マレーシアやエクアドルなどに生産拠点を構える。タイではラヨーン県の工場が初の生産拠点。タイを東南アジアにおける電動車の生産・販売拠点と位置づけ、東南アジアでの存在感を高める。

出典: 日経

PSR 分析: 長らく日本ブランドが圧倒的なシェアを保持してきた東南アジア市場に中国ブランドが挑戦している。特にタイは日本の自動車メーカーのお膝元とも言える牙城であり、同国でのシェア構造が今後どのように変わっていくのか、また変わらないのか、非常に大きな岐路にあるともいえる。

そもそもタイはマレーシアなどとは異なり、自国で自動車製造を行うという国民車構想を持たず、国外の自動車メーカーを受け入れることで産業形成を図ってきた。

日系自動車メーカーの進出は、1957年にトヨタが販売拠点となるバンコク営業所を置いたことに始まる。トヨタと日産は1962年に生産拠点を構え、次いでホンダ、いすゞがタイ政府の誘致政策により進出した。トヨタは早い段階から事業の現地化を意識しており、東南アジア地域全体での展開を踏まえた長期的なビジョンを持っていた。ホンダは同地域の輸出基地として位置付け、2輪車関連の事業からスタートした。

1960年代半ば以降は欧米系メーカーに代わり、日系メーカーがタイ自動車産業において大きな役割を果たすようになった。その後タイは1990〜2000年代の通貨危機を乗り越え、国際水準の自動車生産能力を持ち、国際水準の自動車に部品を供給できるローカル部品メーカーを育成することに成功した。このように、日本とは歴史的にも蜜月関係にあるタイの自動車製造産業が今後大きく変化する可能性がある。長城汽車の進出はそのトリガーになるかもしれない。

2017年にタイ政府は「Thailand 4.0」という産業目標を掲げた。これは国内産業の更なる高度化のために高付加価値化、先端型産業の外資誘致を狙ったものであり、このThailand4.0のなかで、電動車両の国内普及と輸出拡大を目指して、タイを電動車両の生産拠点とする計画だ。もちろん政府の補助金や進出企業への税制優遇などの仕組みもすでに存在している。長城汽車はHVやEVをこのタイ工場で製造するとしており、日本のメーカーと真っ向勝負するかたちになる。

最大の焦点は価格になるだろう。特に東南アジア市場はコストに厳しいことは周知の事実である。リーズナブルな価格で高品質な環境車を市場投入できれば、それは他の自動車メーカーにとっては大きな脅威となり得る。今の自動車市場はあらゆる意味で何が起きてもおかしくない大転換期を迎えているが、もちろん東南アジアもその例に漏れない。PSR

小室 明大 – 極東及び東南アジア リサーチアナリスト