東南アジア > インドネシアレポート

世界的なEVシフトの中、インドネシアが新たな盟主の座をうかがう。すでに乗用車生産台数ではタイを抜き、EVの本格生産も先行して始まった。タイは自国生産と販売補助金をセットにしたEV優遇策を打ち出すなど東南アジアの自動車生産ハブの地位死守に動きはじめた。

インドネシア最大の強みが車載電池で使用されるニッケル資源の豊富さだ。世界最大の埋蔵量ともいわれ投資が急増している。同国政府は4月、米Fordが参画するニッケル生産事業への投資について、独VWも参画を検討していることを明らかにした。インドネシア政府はEV振興政策を継続的に打ち出す。4月から、一部のEVにかかる付加価値税を11%から1%に引き下げた。原材料や労働力などの現地調達率が40%以上の車両を対象にし、消費と同時に国内生産を促す狙いだ。ただ、販売店から制度の使い勝手への不満があることから早期の見直しも検討している。政策も機動性を高める構えだ。

政策に呼応し世界大手の動きも活発だ。韓国の現代自動車や中国のSGMWはすでに2022年にインドネシアでのEV生産を始めた。世界で工場用地を探している米テスラにも秋波を送る。韓国のLGエネルギーソリューションは現代自と電池工場を建設中で2024年にも稼働する見通し。車載電池世界最大手の中国・CATLも電池工場を新設する。

「インドネシアに車生産のハブを奪われるかもしれない」。タイの産業政策に関わる関係者は危機感を隠さない。タイは1960年代からトヨタ自動車など日本車メーカーが生産を開始し、日本車の勢力拡大とともにサプライチェーンを含めて産業集積が進んだ。オーストラリアや中東、アフリカなど向けの輸出拠点となってきたが、世界的なEVシフトを背景にエンジン車で培った勝利の方程式が通用しなくなってきた。

タイ政府関係者は、これまでタッグを組んできた日本メーカーについて「動きが遅い」と指摘する。タイでは日本車人気は依然高くEVへの期待も高い。国内でEV普及期を迎えた中、日本車のEV商品化の遅れがタイの産業成長の足かせになる可能性もある。

タイ政府は2030年に新車生産の3割以上をEVとする目標を掲げ、2022年2月に新たな優遇策を打ち出した。最大の柱が将来的に現地生産するメーカーのEVを対象に購入時の補助金を最大15万バーツ(約60万円)支給する政策だ。物品税も乗用車について8%から2%に減税する。世界的に商用や個人向けに人気でいまだにタイが優位のピックアップトラックは免税になる。

タイ政府は2023年から5カ年の投資戦略を発表し、FCVの生産などを対象に10〜13年にわたる免税措置を適用すると明らかにした。バイオ燃料の生産企業も減税の対象になる。トヨタは2022年12月、タイ財閥最大手のCPグループと共同で家畜の排せつ物から発生するバイオガスを活用した水素を製造し、FCVへの利用も検討すると明らかにした。EVだけでなく新エネルギー車全体に手を広げ、先行したい考えだ。

タイとインドネシアの競争は激しさを増す。

出典: 日経

PSR 分析: 東南アジアにおける最大市場であるインドネシアとタイの競争は、東南アジア全体の競争力を後押しすることに繋がる。両国の間には文化的にも大きな違いがあるが、どちらも国内人口の多さと平均年齢の若さがあり、市場としても強い成長が期待できる。特にインドネシアの鉱山資源は世界から注視されており、インドネシアもこれを自覚し、より戦略的な政策を通じて自国の発展を加速させたい考えだ。日本車ブランドと歴史的にも関係が深いタイではこうしたインドネシアの動きの後塵を拝すことなく、今後も成長を続けていけるかが懸念されている。急に産業構造を変えることはできないことから、しばらくは減税で消費者市場をサポートし、補助金で投資を募るというスタンスを続けていくだろう。PSR

小室 明大 – 極東及び東南アジア リサーチアナリスト